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    認知症日記-18/53[2018/8/11〜15] 母の88歳の誕生日


    ★事実を正確に伝える為には本来ならば総てあからさまに書きたいところであるが、お世話になった介護関係者の方々や近隣の方々の個人情報の問題もあるので固有名詞は架空のものにせざるを得ない箇所があることを最初にお断りしておきます。


    1. 病識がない

     ケアマネージャーさんに言われたことで書き忘れた重要なことが
    「認知症の方は病識がない」ということ。

    病識?
    初めて聞く単語だった。
    つまり、自覚がないということ。
    認知症が4種あるといっても「短期記憶の欠落」が共通の症状だから、
    理屈でもわかる。

    「認知症ですね」と医者や家族から言われても、
    言われてことを忘れてしまう。
    何かしたことを忘れてしまう。
    電話がかかってきて、楽しそうにちゃんと話していても、
    「誰から?何の用だった?」と聞くと、
    「忘れた」

    これじゃあ、認知症を自覚しろということがそもそも論理矛盾。

    しかし他のどんな病気に罹っても、
    頭さえしっかりしていれば、
    「自分は糖尿病なんだから糖質制限しなければ」
    「自分は癌なんだから、放射線治療を受けなくては」
    克服、治療へ向かうことが出来る

    それなのに、「認知症の病識がない」から、
    母の口癖である、
    「自分はどこも悪くない」に繋がり、
    認知症以外の糖尿病、白内障も認めようとしないし、
    当然、認知症にいいと聞いて

    「たくさん水を飲んで」
    「座ってばかりいないで、朝のラジオ体操に行ったら」

    とか勧めても何やかやと言い訳をしていうことを聞いてくれないのだった。

    それなのに「何の薬?」と気にすることもせずに毎食後に10種類もの薬を飲んでいるのが不思議だ。
    どこからくるのだ?その考えは?
    「どこも悪くない」なら薬は飲まんだろう。

    兎にも角にも、この「病識のないこと」がありとあらゆることの中で最も手強い、認知症の恐ろしさを形成する根本だと思った。

    この後、まさに考えもつかないエピソードを繰り広げてくれ(それでもまだうちの母は軽い方だと思うので、要介護度が高い患者さんのご家族は本当に大変だと思います)、この恐ろしさを味わうことになった。

    2. もうすぐ母の誕生日

     今週は母の誕生日
    しかも88歳、米寿
    前泊してゆっくり一緒に過ごそう。
    そう提案すると、弟からのメールが、
    「前の日の夜はマンションの理事会があるから、当日参加でもいいかな」ときた。
    カッとして、すぐに返信を打った。
    「認知症にかかったたった一人の母親の一年に一回の誕生日と毎月あるマンションの理事会どっちが大事なんだ、ふざけんな」
    確認もしないで送信した。

    弟は私と違って穏やかな、感情をむき出しにしないタイプだ。
    決して悪気で言っているとも思っていない。
    しかし、アルツハイマー型認知症と宣告されてから、
    ネットや本でいろいろ読み、関係先と連絡窓口となり、
    けっきょく週2〜3回は実家に寄るようになった。

     もう会社では現場を卒業し、休みを取りやすくなっていたし、
    妻は派遣アルバイトなので前月にシフトを一ヶ月分前に提出しているから、
    よほどのことがないと急な休みが取りにくい。
     弟は千葉県の会社に勤務しているから近場に引っ越しており、
    しかも転職組だから会社でそうそう自由に休めない立場らしい。

    それはわかる。
    だから都内に住む一番休みや半休が取りやすい私が「言われなくても」対応してきた。
     しかし、だぞ。
    会社を休めと言っているわけではなく、会社終わりに実家に来て前泊しようという提案とマンションの理事会を計りにかけるか?

    弟はまだ認知症を理解していない。
    私もまだ全然だったが、
    ケアマネージャーさんと話したことで随分と悲しいことだが、理解が進んだ。

    その後、弟が返信してきて。
    「その通りだね。理事会は欠席して行くようにするよ」と
    予定では前泊して、正月以来家族で一泊を過ごすつもりだった。

    母の誕生日が近づく。
    プレゼントも実家に発送されたのでは母がちゃんと受け取れるのか、難聴だから宅配便のチャイムを聞き取れるのか不安だったから私の自宅で受取り、車で運ぶことにした。

    たったこれだけのことでも、母が「普通の」日常生活を送るのにだいぶ支障が起きている筈だと思った。
    場面場面を想定すれば、
    「〜が出来ない」
    「〜を忘れる」
    ばかりなのだった。

    それでも買い物に行き、自分で食事を作り、掃除洗濯をし、薬を飲んでいる
    毎週(?)の手芸の集会にもバスト電車を乗り継いで通っている
    と自己申告をほとんど信じきっていた。
    まだこの頃は・・・・

     誕生日を間近に、さすがに忘れられると困るから、
    「8月●●日は何の日?」と聞きながら、
    カレンダーに近づく。
    何も書いていない。
    「忘れた」
    まただ。

    誕生日の話題だけは普段から、
    「もう歳をとらないことに決めた」とかくだらないことを言うので、
    冗談なのか、本当に忘れたのか、判断出来なかった。

    カレンダーにわざと大きく「88歳」と赤く書き込んだ。
    「嫌だわねぇ。歳はとりたくないねぇ」
    決まり文句だ。
    そんなこと言っても米寿だ。
    アルツハイマーだろうがなんだろうが、目出度いじゃないか。

    「お寿司予約したからね」
    「え?お寿司?有難いねぇ。悪いわねぇ」
    素直な時もあるのだ。


    妻が実家のクーラーをチェックしている。
    「いくらやっても付かないよ」
    「あなた、寝られる?大丈夫?」
    クーラーが壊れていることを確認して、
    「前の晩から行く予定にしてるけど、あなたは大丈夫?」
    と聞いてきたのだ。

    2018の夏、毎日、クソ暑かった
    真夏日、猛暑日が続き、熱中症で倒れたり亡くなったりする人が毎日のように報道されていた。
    マンションが特に暑いとは思うが、クーラーをつけていても寝つきが悪かった。クーラーをつけなければ、もともと寝つきが悪い私は朝まで悶々とするのが必至だった。

    弟に電話をした。
    マンションの理事会が大事かよ!と怒ってメールした手前、電話の方がいいだろうと思った。
    「家のクーラー使ってないって『みまもりサービス』に書いてあったから、『使いなよ』ってつけようとしたら、つかないんだよ」
    「つかない?壊れてんの」
    「そうだよ。いったいいつから使ってないのかね」
    「え〜、僕がいた時にも使ってない時けっこうあったからねぇ」
    「じゃあ、もう10年くらいになるのかね」
    「かも」

    今から電気屋に行っても間に合わなかった。
    クーラーのない部屋でこの熱帯夜を過ごすのは、
    母は慣れてて平気みたいだったが、
    我々にはできない。

    「別に1日くらい、寝なくてもいいとも考えたんだが・・・
    たださ、せっかくの日だからって泊まっても母親にそのことが伝わる気がしないんだよね
    この頃の感じ見てるよ」
    「だよね」

     結局、前泊は諦め当日、夕方集合することにした。
    弟は勤務後千葉からくるので早くても8時くらいになりそうだということだった。

    3. 誕生日当日

    車で実家に向かっていると、弟からラインが入った。
    「いま到着。母がいないんだけど」
    はぁ?
    時刻はもうすぐ午後6時
    弟は会社に事情を話し、会社を少し早く出たらしい。
    車で来たら思いの外早く着いたという。
    買い物かなにかにしても、暗くならないうちに行きたがる母親のはずだった。

    もう一度ラインがきた。
    「いま電話したら出て、〇〇町に来ていて今帰るところだって」

    〇〇町と言えば、手芸の会で行く辺りだけれど、曜日が違うし時間が違う。
    「何しに行ってんのかねぇ。誕生日当日に・・・」

    実家の2階に私、弟、妻の3人で母の帰りを待つ。
    待ちながら、私が先日ケアマネージャーさんに聞いた話のうち重要だと思う話を直接伝える。

     いきなり部屋のドアが乱暴に空いた。
    母が上がってきて、「締め切って何話してんの」と一箇所閉めている窓を勝手にまた乱暴に開ける。
    せっかくの誕生日に家族がこうしてやって来たのに、
    それで勝手に外出していた癖に怒り口調だ。

    まるで「そこであんた達であたしの悪口言ってるんでしょ」というような言い方でその態度が普段は見られないような悪いものだった。
    何なんだ、これ。

    「どこへ行ってたのさ」
    「え、〇〇町」
    「何しに」
    「え、出しに行ってたの」
    「何を」
    なんか、書類よ
    「何の?」
    「え、忘れた
    「〇〇町のどこに行ってたの」
    「えっと、なんとかってとこよ」
    そりゃあ、どこでも「なんとか」だろ。

    オレオレ詐欺みたいな変なものに引っ掛かってやしまいか、確認したくても、自分がたった今行って来た場所と「出してきた」というものの正体がわからない。

    「お金とかそういう関係?」
    「いやいや、大丈夫よ」
    「オレオレ詐欺とかじゃないよね」
    「何言ってんの、そんなもんに引っ掛かるもんですか」

    実はこれまで我々に告げただけでも3回、オレオレ詐欺の電話で銀行まで行っていた。
    寸前のところで私に電話をしてきて、
    「●●(弟の名前)が会社の金を失くしたっていってね」
    「●●に電話してみた?」
    「え?してない」
    「してみりゃいいじゃん、本当かどうかわかるでしょ。
    俺に電話する前に本人に電話してみたらいいのに。
    あぁもういいよ、俺が電話してみる」
    と平日昼だったが運良く携帯が繋がり、
    「お前、会社の金使い込んだのか?」
    「はぁ?なにそれ」
    「そう言って、オレオレから母に電話があったんだって。
    それでいま銀行なんだけど、って」
    「アホじゃん」
    「だろ。俺に電話する前にお前に電話してみろ、って話だよな」

    3回とも何故か、犯人は弟に成り済まし(犯人の声が弟に似ていて母が先に弟の名を言ったのかもしれないが)、別の時は電車の中で横に座った女の人の胸を触ったとかで弁護士を語る詐欺師からの電話だった。
    自分の息子がそういうことをするタイプかどうか、分からんかね?
    魔が差すということがないわけじゃない、と最初電話を受けた時、母の切迫した口調から俺も一瞬だけ「やっちまったかぁ」と思ったものだった。

     そういったことは、もう数年以上前になるから認知症が潜伏していたとしても今よりも十分判断能力があった頃の話だった。
    一回も払っていないにしても3回とも「一応、本当だったら困ると思って」と銀行まで行った母なのだった。

    それが認知症を発症した今、オレオレ集団からしたらやりたい放題ではないか。

    不機嫌の原因、
    外出の理由
    それぞれ判明しないまま
    、鮨屋の予約時間が近づいた。

    鮨屋へ向かう車中、
    いきなり、
    「あたしがいると迷惑でしょう」と言い始める。

    さっきは不機嫌で今度は泣き落としか?

     もう、ケアマネージャーさんからいろいろと注意点は聞いて、弟、妻にも伝授していたが、半ギレしてしまった。
    「せっかくの誕生日だから、皆んなが集まってるのになんだよその態度は」

    鮨屋までそんなに遠いわけではない。
    ものの10分だ。
    機嫌を直して貰わんとみっともないし、台無しだ。

    「病気なんだから仕方ないよ。
    頑張って治そうね」とこっちが泣き落とし的に腕に手を置いてゆっくり話すと機嫌が少し戻った。

    何かと言えば鮨、寿司だった。
    補聴器の調整をしに銀座まで出るときに行く鮨屋、
    実家の近所の鮨屋、
    最寄駅路線上の繁華街の鮨屋、
    どこでも母は喜んでくれ「美味しかった」と言ったが、
    それでも
    「少しご飯が緩かったね」
    「酢飯の酢が足りない」
    とか一端の感想を漏らすこともあった。
    そういう店は確かに前は美味しかったのに板前さんが変わったとか、
    ネットで検索して評判がいいから行ったけどダメだったとか、
    夜、自分が接待で連れて行かれてすごく美味しかったからランチがあるのを知りわざわざ行ったのに、ランチは最悪だったとか、
    食通でもない母の感想と我々の感想はだいたい一致していて、
    そういう店は二度と行かなくなった。

    この日の鮨屋はこれまで数回、行っており、実家から車で10分程度の住宅街の中にある鮨屋だったが、味、ネタが良かった。
    値段も銀座まで行かないにしてもなかなかの値段をとる店だった。
    だからこれまでも行ったのは母の誕生日ばかりだったと思う。

    ここ2、3年は別の鮨屋だったから久々、米寿だからと思って予約した。
    寿司屋に入った途端、
    「ここ何回か来たわよね」と、
    本当に覚えているのかどうか、
    とにかく態度急変し至極上機嫌、ご機嫌、よく喋る。


    お店の壁に飾ってある写真を見て、母が店主に「どこの?」とか聞いている。
    自分が九州の出身であるとか、
    聞いていられない息子自慢、
    あたしはなんて幸せものなの、
    と、これって二重人格か?

    まぁ、その後も
    「美味しい、美味しい」
    「幸せです」
    と喜んでくれれば、そりゃ不機嫌でいられるよりも何倍も有難いことだった。

    鮨屋から家へ戻る車中、
    母の父(私の祖父)が99歳で亡くなったから、
    「頑張って100歳越えようね」
    などと話した流れで、
    母の夫(私の父)、母の母(私の祖母)、父の母(私の祖母)、父の父(私の祖父)は享年幾つだった?と聞くと全員が92、3歳と答える。
    それはない。
    皆んなそんなに長くなかったし、全員の享年が同じということもないだろう。
    昔の話は覚えているというが、この質問は駄目だった。


    帰宅。
    勝手に飲ませると砂糖じゃぶじゃぶ入れてしまうから無糖紅茶を飲ませ、
    プレゼントを渡す。
    ・母の名前、今日の日付入りの革製の肩掛けポーチ
    ・ネットで見つけた転びにくい高齢者向けのシューズ
    ・「米寿だもの」と大書されたバスタオル
    (名前、日付入り)

    [快歩主義] 介護シューズ 軽量 幅広5E KHS L011-5E オークストレッチ 23 cm 5E



    アサヒシューズ 快歩主義L011-5E ブラックパイル 24.5 KS23584














    名入れ 古希祝い 父 母 【古希だもの】【紫タオル】【フリー】

    米寿だもの」タオルは、ネット注文する時に名前、日付を入れられる。
    介護シューズ」は普段ばきのサンダルがいずれも踵が高いものが多く、引っ掛かけやすく、ただでさえ歩行が不安定になってきたことを見て、
    街中でしょっちゅう、ソールが低い安全な靴を指し、
    「こういうのを履いた方が安全だよ」と言っても、
    「大丈夫、あたしはこれ(サンダル)に慣れてるから」と頑なに受け付けなかったので、もう強引に買って渡すしかないと思った。

    そうしたら、どのプレゼントにも大はしゃぎして大喜びしてくれたが、
    特にこの靴を見て
    「前からこういうの欲しかったのよぉ」とほざく。
    おいおい、何度言っても拒否ってたのは誰だ?
    まぁ、いいか。

    この後、
    「迷惑掛けるねぇ」
    「こんなに幸せでいいのかしら」を連発し、
    機嫌が治ったのを見計らって、
    「ヘルパーさんとかきて貰うようにしようか」と切り出したところ、
    「知らない人にきて欲しくない」と言う。
    「でもね、俺たちもその方が安心なんだよ」と言うと、
    「それはそうかもしれない」と一瞬納得。

    しかし少ししたらまたもや、
    「あたしはどこも悪くない」と言い出す
    病院で言われたでしょ、糖尿、白内障」と言えば(アルツハイマーとは言えなかったが)
    あの医者は失礼だ!
    とまた、訳わからんこと言い出した。
    医療に「失礼」とかいう観点があるのかよ。
    もういいや。

    我々は退散した。

    (手尾広遠)


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