日記,  認知症

認知症日記-12/47 [2018/7/27-2] アルツハイマー型認知症と診断された後に1日でやったこと


★事実を正確に伝える為には本来ならば総てあからさまに書きたいところであるが、お世話になった介護関係者の方々や近隣の方々の個人情報の問題もあるので固有名詞は架空のものにせざるを得ない箇所があることを最初にお断りしておきます。


1. MRI画像と診断情報を受け取り、会計

 母はアルツハイマー型認知症と診断された。
あらかじめK病院に午後遅く予約を取ってあった。
 なんと診断されようが、診断結果を伝えなくてはいけないから。
母のアルツハイマーを証明するMRI画像診断情報を受け取った。

もう、頭の中は真っ白だった。
認知症は完治しません。薬で遅らせるだけです」と、さっき医師から言われた言葉がリピートしていた。
だけれども、この段階ではまだ認知症の怖さを知らなかった


看護師さんから「一階にある相談センターに行ってくださいね」と言われた。
「はぁ。一階のどこですか」
「お会計のすぐ向かいにありますから」

そうだ、会計を済ませないと。
診断が終わった後、MRI画像診断情報を貰う為に結構な時間待ったけれど、
一階の会計に行くと、また待たされた。

私と妻との間に言葉はなかった。
母にかける言葉もなかった。
ただ、普通に足を進め、待てと言われ待つだけだった。

会計を待っている時、少し離れて座っていた母が私のそばに寄ってきた。
あたしの認知症、けっこう進んでるって?

そう確かに、自分の口で言った。
耳が遠いから、目の前の丁寧な医師の説明を聞き逃したのか?
それでも100%確かなことは、この時、わたしに
あたしの認知症、けっこう進んでるって?
と聞いたのだ。

自分が認知症だとわかっていたということか?

「今はね、治る薬があるみたいだからね、ちゃんと治そうね」
「そうね、そうみたいだね」

さっき医者に聞いたばかりのことと逆のことが口をついた。
こういう時、なんと言えばいいのか。
たった1時間くらい前に扉が開いて、いきなり中に突き飛ばされたばかりで、進み方がわからなかった。
この迷路の先はとりあえず右?左?それとも真っ直ぐ?
ゲームのルールも知らなかった。

この日から一年強、これを書いている今まで、母が自分の口で
あたしは認知症」と言ったことは二度とない。
言い合いになって行き掛かり上、
「認知症なんだから、もう独り暮らしは無理だよ」と口走ってしまったことがあったけれど、
あたし認知症なの?まだボケてないつもりだわよ」
と返してくる。
 これが認知症を発症してしまった状態では普通の答えだろう。


認知症患者は病識がない。
この後、何十回も聞かされ、その実態と嫌という程つきあわされた。

それなのに、この日母が自分から言った、
あたしの認知症、けっこう進んでるって?
はいったいなんだったんだろう?

いまだに謎だ。

2. 医療介護相談センター

 

 看護師から案内されたのが病院内にある「医療介護相談センター」だった。
この時は、診察後に画像とデータを受け取ると、当然の流れのように看護師さんから「次はここ」と指示されたので行ったが、ここから何が始まるのか知らなかった。

後から知ったことだが、この病院には一階に「医療介護相談センター」があったが、地域によっては独立した「医療介護相談センター」「高齢者総合相談センター」などが存在している。
そこには白衣を着た社会福祉士、看護師、また事務員などがいるという。


入室するとカウンター越しに数人の人がデスクワークをしていた。
一人の女性がカウンター前まで来てくれた。
母親が認知症と診断されまして」
 それ以外何を言ったか、つい先ほど診断された内容がここに伝わっていたのか、目の前の人に名乗られたのか、名刺を貰ったのか、今では全く思い出せない。

 母、私、妻の3人連れであることを見て、カウンターの前には椅子がパイプが二脚しかなかったので、まず
「あ、椅子をお持ちしますね」
とカウンターの向こうの職場内から椅子を探しに行ってくれる。
「あ、別に立ってますので。結構ですから」
妻がそう言っても、その方はもう簡易な椅子を手に、
「こんなものしかなくて」
と手渡してくれた。

そして、我々に座るよう勧めてから、落ち着いた様子で、
「少々お待ちください」と言って、部屋の奥の棚からパンフレットを二冊持ってきてくれた。
「こちらに介護保険を使ったサービスのことや介護度認定のことなどが書かれてあります」
それから介護保険介護度認定などについての図入りの記載箇所を示しながら説明を聞いた気がする。
 介護保険
 介護度認定
人生で初めて我が家にやってきた単語だった。

我々が月々支払っている税金や年金やそういったものの中に介護保険も自動的に支払っており、介護度認定を受けることでその介護保険での介護サービスが受けれらる、ということだった。
 ヘルパー、ケアマネージャーという単語もこの時に初めて我が家族にとって必要な単語として知った。


「お母様のお住まいは」
「〇〇の七丁目です」
「七丁目ですと、ここが一番近いですね」
彼女が開いたページには柔らかなネーミングの施設が何十も並んでいる。
 その中から彼女が指差した場所は、自宅から徒歩数分、いつも買い物に行くスーパーの少し先だった。
「こちらの方で今後の具体的なご相談をしてみてくださいね」
「えっと、いつ行けば」
「なるべく早く行かれた方がいいと思いますよ」
「これからでも?。予約とか」
「いえ、予約は必要ありませんので、今なら営業時間ですから大丈夫だと思いますよ」
そのまま車で向かうことになった。

3. 地域包括支援センターで要介護認定申請

 同地区内だから車で移動すればすぐに着いた。

これも後から調べたことには、
「六十五歳以上の高齢者全般の相談窓口」という目的で行政が運営委託しているのが地域包括支援センターということだった。
我がP区が運営委託しているところが区内に十五箇所くらいあった。

看護師、社会福祉士、主任ケアマネージャー、の三職種が在職」
ということも後で聞いて知った。

駐車場から建物を見ると、このセンターの奥に老人ホームが併設されている。

・世田谷区では「あんしんすこやかセンター」
・江東区では「長寿サポートセンター」
・杉並区では「ケア二四」
などとニックネームが付与されている場合もあるし、
・〇〇市地域包括支援センターとそのままの名称の場合もある。

予約なしに行ったのにとても心安く、優しい対応でけっこうな長時間、接してくれた。

本人から直接と我々家族から生活状況、困っていることなどを聴き取りをされる。

 本人は、
一人で料理、洗濯、買い物なんでも出来ます。何も困っていることはありません
と上機嫌で答える。
 ここがどういう施設で、何の目的で自分の生活について質問をされているのか、まるで理解していない様子だ。
 ただ、上機嫌に聞かれたことにニコニコと嬉しそうに答えていく。
他の人が見たら、世間話の相手と話しているとしか見えないだろう。

 さっき認知症と診断されたことなど、すでに記憶が消し去ったみたいだ。
かなりじっくりと時間をかけて、主治医やほかの持病なども書類に書き込んでいく。

 そしてさっき初めて知った「要介護認定調査申請」だった。

4.要介護度認定調査申請

ひと通りのことを聞かれた後、
「こちらに要介護度認定調査申請の為に必要事項を書いていただきます」となった。
母の目の前で交わされる会話に「要介護度」「介護保険」の単語が飛び交うのに「あたしは元気だ」
というくせに、
「あたしに介護なんか要らない」
と言い出すわけじゃなかった。

難聴のせいか、理解力のせいか。
これが終始、うちの母について疑問が去らないポイントだった。

 とにかく、この日はアルツハイマー型認知症と医師から宣告を受けたばかりの日だった。
 介護保険がどうの、要介護度認定によって何がどうの、と目の前で説明されても内容はほとんど頭の中を素通りしていった。

等級認定」してもらわないと、介護サービス(サービスという呼称には今でもなんだか違和感があるが・・・)を受けられない。
例えば、ヘルパーさんに来てもらえない。
そのくらいのことしか理解しなかった。

ヘルパーさんに来てもらう事態に「いつかは」なるんだろうか。
まだ、正直私自身が呑気な理解だった。

「はい、それでは区の方にこの「要介護度認定調査申請」を提出しておきますから、その後認定調査員が訪問させて頂き、面談をしますので」
「え、面談て。本人だけですか」
「いえ、ご家族様も同席して頂きます」

良かった。
なんだか知らないけど、母だけが面談してもこの調子で
「どこも悪くありません」て言うに決まってる。

調査員が誰に連絡をするか、
「それは私で」
「はい、ご長男様ですね」
これもしっかり記入してくれた。

「あ、それと認定には主治医の意見書が必要になりますので」
意見書?
この前会ったばかりのK病院の先生しか主治医になり得なかった。
「はい、有料ですが。お医者様ならこのシステムはご存知のはずです」
「この後、行きますので」
「それでは、早い方がいいですから」
「はい」

5. 主治医の病院、主治医の意見書

主治医と決めたK病院
一日に病院をハシゴするなんて。
しかも予想だにしない診断結果を持って。

「アルツハイマー型認知症と診断されまして」
K病院K医師Z病院でのMRI画像と診察情報の封筒を手渡しながら言った。

「そうですか」
そもそも「認知症の疑いあり」と我々が思ってここの病院を探して来て、Z病院への紹介状を書いてもらった経緯だから、K医師には意外でもなんでもない報告だっただろう。

しかし、あまりにも普通の返事だった。
Z病院の医師の静かな口調は「認知症の宣告」に相応しいものだった。
しかしここのK医師の普通さには少しイラついた。

「ご愁傷さまです」はおかしいにしても、
「残念ですね」
「頑張りましょう」
「希望を持ちましょう」
なんでもいいから前向きな言葉をかけることは出来ないのか?

確かに医師は商売人ではないから患者をお客さん扱いする必要はない。
それでもホームページで
「あなたの家の主治医としてなんでも診ます」
みたいな謳い文句を掲げているにしては対応が素っ気ない。
しかもK医師はZ病院から持って来たMRI画像と診断内容を開けてみようともしなかった。

「あのZ病院の先生曰く、認知症は完治しないから薬で症状の進行を遅らせるしかないと言われたんですが」
「ええ、そうなりますね」
あっさりだ。
アルツハイマーですと、4種類の薬の中から服用していただき、様子を見ながら処方を変えていくことになります
そうか、また薬が増えるのか。

「どのくらいお出ししましょうかね。
この後、どのくらいのペースでいらっしゃれますか?」
すべてマニュアルどおりな感じだった。

「今後は我々が連れて来ますので、せいぜい月に1度か2度・・
あ、どのくらいのペースで来た方がいいんでしょうか」
「いえ、ご家族さんのご都合があるでしょうから、月一でも構わないですよ。
ただ、どのくらいか、とお聞きしたまでで」

「えっと、ではまた2週間後に来ます」
「そうですか。それでは2週間分、と」
もう母のカルテ画面が作成済みでそこに2週間分のアリセプトという薬をインプットしていた。
「最初ですから、3mgから始めますね」
と言われてもこちらから何かを言える材料はなかった。
「あ、はい。よろしくお願いします」

「あ、後、先ほど地域包括支援センターに行って来まして、要介護度認定調査の申請を出してきたんですけれど、主治医の『意見書』を作成して頂く必要があると言われまして」
「はいはい。結構ですよ。書いておきますね」
「あ、それも2週間後に受け取ればいいんですか」
「いえ、これは区の方から僕のところに連絡が来ますから、直接書いて送ることになります」

直接。
それじゃあ、なんて書かれるか分からないってことか。

「ちゃんと書きますから、ご安心ください」
「あ、よろしくお願いします」
ちゃんと、って何がちゃんとで、何がちゃんとしないのかも分からなかった。

6. 薬局へ

 新しい薬の処方箋が出た。
薬局に到着するのが遅くなってしまった。
私や妻が薬局に同行するのは2回目だが、受付をしていると奥にいた薬剤師さんがこっちまでやって来てくれた。


 母は交際範囲が狭くなったのに、京都へ行った時などお土産をけっこう大量に買った。
「そんなにたくさん、どこに配るのさ」
手芸の仲間、ご近所さんを数えても母の手にした数の半分くらいのはずだった。「お医者さんや薬局の人たちにもお世話になってるから」と言った。
「そんなの向こうは仕事なんだから、いちいちそういう人たちにお土産を渡す必要ないでしょうが」
「薬局の人は薬剤師さんだけじゃないみたい」
母が渡そうとする数からいって妻の指摘が受付の人を含めそれなりの人数分だとわかった。
「受付の人なんてアルバイトでしょっちゅう変わるんだしさ」
「とっても良くしてくれるから。いいの」

年に何回しか行かないと言っていた病院の医師になぜ土産がいるのか?
母の説明と行動の矛盾。
実際には毎月通院していたからこそ、毎日飲む薬があり、毎月通っていたから母には「お馴染み」さんになっていて、昔気質の母には「よくしてくれる」人に何かお礼をしてあげたいと感じるのだった。

 具合が悪いから医者に行く。
医師は仕事だから診断と処方箋を書く。
提示さてた金額を支払う。
単なる経済活動の関係。
その相手にいちいちお土産を渡すという感覚は、私たちにはない。

しかし母は、京都での土産のみならず
「この前も葡萄を頂いちゃって」
「林檎をたくさん、頂戴して」
とこの後も聞いたように、母が狭い交友関係の相手に感謝の気持ちとして何かを差し入れする、というのを無闇に非難する必要もないと思うようにはなった。

そんな行為が功を奏したのか?
もともと高齢者が少なくない街の薬局としては処方箋に従って薬を渡すだけじゃなくて、この薬剤師さんは年寄りの長い世間話に付き合ってくれているみたいだった。
母も薬局に着くと、
「あら、〇〇薬局じゃない。ここ」
ここ、って。
今まで窓から地元の景色が見えてたでしょうが。
母の顔は嬉しそうだった。


「お母様の具合、如何ですか?」
「実は今日、アルツハイマー型認知症と診断されまして」
薬剤師さんは処方箋を見て、「あぁ」という顔をした。
K医師よりもよぽど人間味がある。
「お母様にはずいぶんと長く来て頂いてまして、ちょくちょくお土産も頂戴してしまっておりまして」
「はぁ。なんか皆さんにお世話になっているからといつも申しておりまして」
辻褄があった。
「けっこう、お母様とはわたし、失礼ながら気が合いまして」
へぇ。
「時々、長話をさせて頂くこともありまして、今回ご家族さまがご一緒なので、大丈夫かなと心配しておりました。
そうですか、そんなことに」
「それは、ありがとうございます」
「そうなんですかぁ」
「あの、今まで認知症って感じは見られませんでしたか?」
「いえいえ、しっかりして明るいお母様ですから」
「いえ、そんな」
「でも、何度か取りに来られる、と仰った日に来られなくてお電話したことはあったかなという程度で」
「そんなことが・・・」
「いえ、ほんの何回かですから。ご高齢でらっしゃるので普通ですよ」
「ご迷惑をおかけします。それでこれからもお世話にならなくてはなりませんので、直接お話しさせて頂くこともあろうかと」
「あ、そうですね」

と薬剤師さんは名刺を来れ、私は携帯の番号を伝えた。

7. 食事

薬局を出ると、母は
「あ〜楽しかった」
と言った。
はぁ?
遊びに連れてったわけじゃないのに、なんということ?

「腹減らない?」
「お腹すいたぁ」
いつもなら糖尿を気にして母の注文するメニューにあれこれ監視の目を向けるが、ほとほと疲れたし途方に暮れていた。
なんでも好きなもの食えばいいじゃん。
こんなに病気のデパートみたくなっちゃってさ。
この日ばかりは私自身、ヤケ糞の気分だった。

車を降りて、母を家に入れる。
家に入り、SECOMの鍵を挿すまで見届けないと不安でならない。
家の駐車スペースは幅が狭く、入庫の時に結構気を遣いながら何度か切り返さないとならないので、ちょっとの間なら徒歩で数メートル先の幅広の道路に停めてしまう。
「ゆっくり歩きなね」
母は歩きながらバッグをごそごそ探している。
鍵か。
「ここで鍵出さないでいいから。また落とすよ」

母のがバッグから取り出したのは財布だった。
財布の中からいきなり数枚の万札を取り出し、私の方へ押し付けてきた。
「いくら払えばいいか分からないから」
「何言ってんの?何の金?」
「ガソリン代にして」

家までのほんの数メートルの路上だったが、通りすがりの人が一人、二人こちらをチラチラ見てくる。
「こんなところでお金出さないで」
慌てて、母の財布に万札を戻させた。


息子にガソリン代と言って年金から金を渡そうとしてくれる気持ちは有難い。
それでも気になるのは、人前、人目、公衆の面前、そういうことを気遣う気持ちもないのか。
そのことのショックだった。

(手尾広遠)


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