日記,  認知症

認知症日記-15/50 [2018/8/1〜6] 驚愕の留守電、ほか


★事実を正確に伝える為には本来ならば総てあからさまに書きたいところであるが、お世話になった介護関係者の方々や近隣の方々の個人情報の問題もあるので固有名詞は架空のものにせざるを得ない箇所があることを最初にお断りしておきます。


1. 薬局から電話

8/1、薬局から電話。
薬剤師さんが高齢者に優しい人で、長いこと通っているからか、
母が京都から土産などを買って渡すからか(笑)、
「認知症と宣告された」と伝えると、非常に心配しれくれ、
「出来る限りのことはします」と言ってくれた。
具体的には何を頼ったらいいのかよくわからないけれども、
そういう気持ちでいてくれる人が町内に一人でも居てくれるのは心強い。

何かあった時のために、と携帯の番号を教えていたが、
早速鳴った。
なんだろう。

「昨日、お母様がお見えになって、葡萄とビール券を頂いてしまったのですが」
「は?昨日ですか」
駅前商店街にあるチェーン店の薬局だが、すぐ目の前に大手スーパーがある。
母の買い物の場所はほぼこのスーパーで済ませる。

「はい、お買い物の帰りにわざわざ寄ってくださったと思うのですが、
いつもいつもお心遣いして頂き、ご遠慮しているんですが、
毎月のように何かしてくださっておりまして」
毎月・・・
京都など遠出した時ばかりじゃなかったんだ。
寂しい独居生活で、年金を使い切ることもそうそうないだろうから、誰かに何かをあげて喜んで貰うくらいしか思いつかないのかもしれない。

「それで、私がいればすぐにあれだったんですが、私がちょうど不在にしておりまして、受付の者が受け取ってしまいまして」
「はぁ」
「葡萄は、もう、いつものあれで、有難く店員のおやつにも、と頂戴できるのですが、ビール券のような金券はさすがに戴くわけにはいきませんので」

「はぁ、なるほど」
そういう区別もできないんだろうな。
「実は、以前からビール券は戴けませんと何度か申し上げておりましたが、今回もその」
「え、何回もあったんですか」
「はい、えぇ。お気持ちは本当に有難いことなのですが。
それで、店の方で預からせて頂いておりますので、ご長男様かご家族の方が次回お見えになる時に、お返しのほうを」

「すみません、気を遣わせてしまいまして」

後日、実家に寄ったついでにビール券を引き取った。
母に伝えると、
「あらそうなの。何をあげていいか分からないから」
「だって、毎月果物とかお菓子とか持って行ってるんでしょ。十分だと思うよ」
「そうかしら。お世話になってるのよ」
「はいはい」

2. 久々のメール

8/2、携帯を変えてから「使い方がわからない」と言っていたが、
こちらからメールをすると、それに対して返信はできるみたいだった。
 しかし母が最初の発信者になってのメールがここのところ無かった。

久しぶりに母からのメールが来た。

メールは来たが、「件名」の欄に文章を全部書いてしまっていた
今までこんなことはなかった。
こちらからのメールに返信する時には、ちゃんと「件名」下の「本文」欄に文章を書いている。

まぁ、たいしたことじゃないと言えばたいしたことじゃないのかもしれなかったけれど、
前できていたことが出来なくなる
というのは認知症の症状の一つとされているから、これもそうなのかと、いちいち疑ってしまう。

メール内容は「暑いから外出しないで家の中にいますから安心してください。あなた達も気をつけて」というものだった。

返信した。

ケアマネージャーさんという職種の人から連絡があり、8/9に初めて家を訪問してくれ、母と私と話すことに決めた。
これは、7/27に地域包括支援センターで要介護度認定依頼を提出した流れで、
「ケアマネージャーさんが一人、お母様の担当としてつきます。
後でご連絡がいくと思います」と言われていたことだった。

母の月間のスケジュールは(正しければ)カレンダーで確認してあるから、
8/9に予定はないはずだったから私が電話で勝手に決めていた。
それでも、買い物やら近所の親しい人と出掛けないとも限らない。

言っておかなくてはならない。
当然、直前や前日にも確認しないといけないが、
とりあえずは自分の手でカレンダーに書き入れさせたかった

8/9の午前中に用事があって行くから、出かけないで。
カレンダーに書いておいて

京都から帰ってからは、「病院」「薬局」とか説明しても通じていないこともあったので、「●月●日、●時に行くから」とだけ伝えるようにしていた。
特に今までは「認知症の検査」とか「今までと違う病院」と言いづらいことだったので、なおさらだった。

割にすぐ、母から返信があった。
「わかりました。気をつけてきてね」

1分後、また返信がきた。
なんだ?
「りょうかいです。気をつけてね」

あれ?
一通のメールにほとんど時間を置かずに返信が2通来た。
もし再送信したのなら文面が同じはずだが、微妙に違う。
私の送信したメールに対して、2度返信文を書いて送信している。

もし自分がメールを送信したかどうか忘れてしまったら、送信履歴を見ればわかる。
この前までは出来ていたことが、またひとつ出来なくなっているのか!?

実際、この後母にメールをすると母からの返信が2、3通ひどい時には5通ということが繰り返されるようになった。
もちろん、普通のメールのやり取りで一回返信しても書き忘れたことがあって、追伸することは珍しくない。
しかし、書いたようにメール文面はほぼ同一内容。
しかも再送信ではなく毎回書いている。
それが2、3分あるいは数分空けて届くのが普通になった。

つまり、こちらから送信したメールに一度返信しても、その記憶が抜けてしまい、また返信を書いて送信していたことになる。

あぁ・・・。

3. 驚愕の留守電

8/3、この日妻と私は帰宅が割と遅かった。
帰宅すると家の留守番電話のランプが点滅していた。

母の声だった。
なんかね、いろいろ考えてくれてるのかもしれないけどね、
薬も変えない、病院も変えない、でやって行きますから
いささか興奮したような言い方だった。
これだけ吹き込んで電話を切っていた。

理性的には、病気なのだからこっちが我慢すべきなのだろうが本気で腹が立つ、と去年のメモには書いている。

京都から帰って、どれだけの時間を母に費やしてきたか、
どれだけ心配しているのか、
どれだけ会社を休んだりしているのか

(もう上司には説明するしかなかった。上司もたまたまお父さんが認知症にかかった経験があり、非常に理解があり助かった)

分かってんのか!?
アルツハイマーなんだから家族がやんなきゃ仕方ないだろ、
こんなことやりたくないよ
それも、これまで糖尿間近だとか9種類も薬を処方されていることを全然言わなかったから悪いんだろ

って言えるものなら言いたかった。
元気な頃の母なら、平気で罵倒し合うこともあった。

しかし、まともに戦うことはできないのだった。
これからはずっと家族が不戦敗が続くだけだろう。

母の留守電をまともに相手にしてはいけない。
自分に言い聞かせた。

4. 今月は母の誕生日、88歳になる

 8月中旬は母の88歳の誕生日だ。
アルツハイマーを発症しても誕生日はやってくる

自分がアルツハイマーだとは知らない、認めない母に
「もうすぐ誕生日だね、いつかわかってる?」と聞くと、
「知らない。忘れた」と答える。

 ここ数年、
「歳はとりたくないわねぇ。
もう自分が何歳か数えないことにした」
という母ならではのジョークの積りの定番の言い分を何十回も聞かされてきたから、今年のこの
「知らない。忘れた」
が、そのジョークの延長なのか、本当に忘れたのか、もはや判然としなくなっていた。

 とにかく、このところ母の誕生日に行っている近所では割りをちゃんとした鮨屋を予約した。
 それから、こんなことになったので、前夜から一泊するかと弟と相談した。

誕生日プレゼントも本人に聞いても
「欲しいものなんか何もない。
どんどん捨てていかなきゃいけない歳なんだから」
としか言わないから、こっちで考えないと。

5. 毎週?月曜日は手芸の集まり

 聞く時によって答えがバラバラで「毎週」と言ってみたり「隔週」だったり、よく分からないが、とにかく「月曜日」に母は出かける。
 地域の高齢者の会みたいなものに参加していて、自分が作成した布巾、雑巾、鍋つかみを持参し、決まった場所で販売しているのだ。
 自分が持参したもの(人によっては陶器、洋服、ハンカチなど様々なものがあるみたいだ)が売れればお金を貰えるという。
 しかしよくよく確かめると、その戻ってくる割合が恐ろしく低く、1割にも満たない金額のようだった。
 交通費、材料費を考えると完全な赤字。
ブラック過ぎるだろう。
どういうこと!?

と思ったら場所代、光熱費、管理者たちの人件費を差引くとそんなものらしく、そもそもその集まり自体、ほぼボランティアっぽいものらしく、誰かが搾取しているというよりも高齢者同士の触れ合いの場を技術の提供をすることで成立させようという団体だという。
(技術だけじゃなく労働、材料費、交通費すべて提供させてますけど・・・)

我々からすると意図は共感できても、多くない年金から持ち出しをさせていることには些か納得がいかなかった。
それでも本人が生活の中心として、毎週(かどうか後で確認したら月によって変則的なシフトだった)月曜日に向けて自分の手を動かし、販売するものを仕上げ、その場所で決まった仲間と友達づきあいができることを本人が重要視しているのだから、取り上げてしまうわけにもいかなかった。

そもそも、
子供を介しての近所付き合いの人数が減り、
子供が独立し、
連れ合いを亡くしてから、
「何もすることがない」と気づいて、自分で探してきた集まりだった。

8/6がアルツハイマーと診断されてから初めての月曜日だった。
母は自宅からバスと地下鉄に乗って普通に行って帰ってきたようだった。

夕方のメールで「行ってきたよぉ〜」とこっちの冷や冷やも知らず、ノー天気な報告があった。
行けたのかぁ・・・
脱力した。
なんかあったらどうしようと気が気じゃなかった。


ま、ノー天気なくらいならいいんだけどね

(手尾広遠)


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