日記,  認知症

認知症日記-16/51[2018/8/8〜9] 初のケアマネージャー訪問


★事実を正確に伝える為には本来ならば総てあからさまに書きたいところであるが、お世話になった介護関係者の方々や近隣の方々の個人情報の問題もあるので固有名詞は架空のものにせざるを得ない箇所があることを最初にお断りしておきます。


1. 明日はケアマネージャーさんが訪問する日

8/8、明日、午前中にK病院
午後にケアマネージャーさんが初めて訪問してくれる。
なんとか、在宅させておかなければならないと、
明日、朝から、行くからいてよ
とメール。
ほとんど毎日の日課になってしまった。

アルツハイマーと診断されてもう2週間近くが経つことになる。
これからは月に2回、家族が母をK病院へ連れて行かなくてはならない。

これも以前だったら、
「毎日メールくれなくても分かってるよ」
「カレンダーに書いてあるから忘れてないよ」
「明日は平日なのに、何の用事なの」
と、当然の疑問が返ってくるはずのところだった。

いったいいつから、こんなに状況認識ができなくなってしまったのだろう、
いったいいつから、
いったいどうして、
本当なら、

母の対応が「いきなり」変化してしまった。
いきなり、アルツハイマーになってしまった。

本当はそんなことがあるはずがなく、
長い期間の潜伏を経て徐々に発症してくるものだろう。

3年連続宿泊したホテルを「初めてだね」と言った母を笑った去年、病院へ連れて行っていれば、すでにアルツハイマー型認知症と診断されてのだろう。
多分。

 この日、まず午前中にメールを入れると、
またそのメールに返信が3通きた。
2通は間が2分。
「了解しました」
「了解です」
3通目は15分くらい経ってから、
「忙しいのにありがとう。1時に来るから急がなくていいよ」
は?
アポを取ったのは私なのに、なぜ午後1時と知っている?
既に知っているかのような奇妙な文面。

 夜、再確認のため、電話をする。
「さっきメールしたけど、明日行くからね」
「あ、今日はメール見てない。ごめんね」
はい??
メールに3通も返信くれてたし・・・・

認知症の症状は確実だった。

2. 認知症と診断されてから2回目のK病院

 家に到着。
母は在宅していた。
 6月に前のらくらくフォンが充電しにくくなったからと言われ、新しいらくらくフォンに機種変更をした。
前のらくらくフォンはもはや通話やメールはできない。それなのに、新しいらくらくフォンではなくて、以前のらくらくフォンが充電器に繋がれている。

「充電できないんじゃなかったの?」
「古いらくらくフォンは写真を見ることくらいしかできないよ」
言葉を飲み込む。

「新しいらくらくフォンはどこにあるの?」
「え?」
と言って、今充電中のらくらくフォンを指差す。
「これは古いやつでしょ」
母のいつも使っているバッグを見ると、機種変したらくらくフォンが入っている。
 昨日もメールのやり取りをしていたのは、こっちのはずだ。
なぜ、それをバッグに仕舞い込んで、以前の機種を充電しているのか?

もういちいち追求しても仕方ない。
それに病院の予約時間が迫っていた。

保険証。
K病院の診察券・・・がない。
診察券は保険証と一緒にケースに入れていた。
K病院の診察券だけが見当たらなかった
「診察券は?」
「え?」

前のO病院の診察券はある。
いくつもの病院、眼科や聞いたことがないいつのかわからない病院の診察券はご丁寧に挟んであった。
それなのにK病院の診察券だけがなかった。

 この前の口調の留守番電話。
「病院も変えない」と吹き込んだ日に母の声には怒りが含まれていた。
あの日に診察券を捨てたんだろうか。
私達が「勝手に探してきて」その結果アルツハイマー と診断されたK病院
だから認めないということか?
しかしそれならそれで、理路整然と事態を理解していることになる。

診察券がなくても保険証があればいい。
何も答えられない母を急かして車に乗せた。

 今日で3回目のK病院。
建物の前でしげしげと見ている。
初めて来た、という顔をしている。

K内科医はまず血圧を測った、
「上が150。少し高いかな」
母はいつも低血圧で100〜110くらいだった。
やはりこの病院への拒否反応なのか?
心音を聞き、問診。
「あたしはどこも悪くないのに、勝手にこの子達が悪いことにしてるんです」
「あたしは独りでちゃんとやってるんです」
まだ、最近受診し始めたばかりのK医師はそれでも、
「でもね、お母さん、ご家族が心配されているんだから」
と宥めるように言ってくれる。
さすがに医師は認知症の診断が出ていることを蔑ろにはしない。

K医師は高齢者に慣れているように優しく、包むように話してくれる。
最初は黙りがちだった母もK医師の前に出ると、だんだんと饒舌になる。
息子たちの文句を言いながらも機嫌がいい。
自分の話を聞いてくれる人が目の前にいるからなのだろう。

最近、いろいろ話していて、
「右眼がほとんど見えないのよ」
と言い出した。
「それでもずっとこっちの目だけで不便はないの。
裁縫だってやってるんだから」

いつの間にか一人で眼鏡を作っていた。
「度は入っていないのよ。
だけどかけてると落ち着くから」
ずっとそう聞いてきた。
右眼が少し「見えにくい」とは聞いていたけれど、
何度言っても眼科に行こうとはしなかった。

K病院にはたまたま眼科医も常駐だった
眼科の先生も頭文字がKだ。
母の了承など取らず、眼科の予約をした。
けっこうしっかり検査をしてもらう。

「まず、この眼鏡ですがちゃんと度が入っています。
ダテ眼鏡ではありません」
また出た。
母の嘘?記憶違い?

「それから、左右両目とも白内障です。
特に右が5段階で4.5くらい。
これは数字が大きいほど悪いということです」
え!4.5?
右眼でも2.5〜3位ですから、かろうじて左眼だけでものを見ている状態ですね」

K眼科医はパネルに母の眼の監査結果を表示しながら淡々と研究者のように説明をした。
「それって放っておくのは良くないですよね」
「そうですね、左眼にもどんどん負荷がかかりますから」
「悪くすれば失明・・・」
「可能性がないわけではないです」

「ただ、母ももうすぐ88歳になるので」
90歳を超えられた方でも手術なさる方はおられますよ」
「なんか、白内障の手術は簡単で10分くらいとかって聞いたことあります」
「ただ、ここまで悪化してしまうと眼底が白濁してしまっていて正確に検査でも状態のチェックが出来ないんですよ。
都内で何人の先生が手術を出来るか、というレベルです。
あ、右眼がですね。
左眼は、おっしゃる通り簡単な手術でいけると思います」
はぁ・・・

「もう10年早く来て頂いていれば・・・」

「聞こえてる?」
医師の前にちょこんと座って何も言わない母に聞く。
どうしてここまで放っておいたのか!?
「え、何?」

「両眼とも白内障だって。
右が特にひどいって」
「う〜ん、右がねぇ、ちょっと見えにくいのよ」
「なんでもっと早く来なかったのかって」
「だって、これで不自由なく縫い物もやっているんだから」
「放っとくと目が見えなくなるって」
もうこの年なんだから、このままでいいわよ
またいつもの口癖だった。
自分が失明してしまうかもしれないって怖くないのか?

K医師は親子の会話を黙って聞いている。
これは医師と患者の話ではない。
親子問題だと判断したか。
絶対に手術しなければいけない、って言ってくれよ。

「目が見えなくなってもいいの?」
「どうにかなるわよ」
ならんだろ。

とりあえず、診療室で平行線の会話を延々と続けるわけにもいかない。
家族間で相談し、今後のことは改めてという形で病院を辞した。

2. 初めてケアマネージャーさんが訪問

 薬局に処方箋を出し、夕方取りに来ると伝え、
ケアマネージャーさんを迎えるべく家に戻る。

 母を家に残し、私は門の前に出た。
母が病院を変えたこと、眼科のことも家族のやっていることを気に入らず、機嫌が良くないことを少し事前に話しておこうと思った。

 約束の時間よりも5分前に自転車に乗って、ケアマネージャーさんが来た。
Yさんという60代後半くらいの女性だった。
地域包括支援センターからNさんという女性も自転車に乗って、一緒に来てくれた。

二人は当然のことだろうが、既知の仲のようで、仲良さそう、というか阿吽の呼吸があるような関係に見えた。
門の前で挨拶をし、
7/27からの流れ、
難聴である、
病院を変えたことを怒っている。
当然、認知症という事情を理解していない。
午前中に眼科で検査したら、
「両眼とも白内障で、特に右が見えていないので放っておくのは良くない」と言われたのに、本人は「このままでいい」と言い張っている。

などを早口で説明し、家に上がって貰った。

ケアマネージャーのYさんと地域包括支援センターのNさんが満面の笑みで母の前で頭を下げ、
「こんにちはぁ」
「今日は、最近の生活のご不便などがないか、お伺いしに来ました」
ととても丁寧に、ゆっくりと挨拶してくれているのに、
警戒心丸出しで、
「誰なのこの人たちは」「何しに来たの」という顔つきで碌に挨拶も返さない。

しかし、そこはプロ。
二人が少しずついろいろと、
毎日の生活、
出身、
家族構成、
そのほか、
居間の写真や置いてあるものに絡め、
色々と聞いていくれているうちに、
母はだんだん機嫌が直り、一度話始めると、
エンジン掛かって調子付いて関係ないエピソードをてんこ盛り。

Yさんが「簡単なテストですよぉ」と言って、
名前
生年月日
記憶力テスト
などをしていった。

私の方を向いて、小声で「要介護2か3くらいかしら」と言うと、
聞こえていたのか、母が途端にキツイ顔になった。
「あれ、聞こえちゃたかしら」
「ふだん耳が遠いのに、時々聞こえてたりするんですよ」

ケアマネージャーさんから何冊かの冊子を貰い、
「これからお母様の担当をさせて頂きますので、
契約書にサインと印鑑をお願いしたいんです。
これからは介護保険を使っていくにあたって、やたらとサインと印鑑が多くなってしまうんです」
サインをした。
印鑑を押した。
「ご家族が介護なさっていく上でも色々と介護サービスを使われると思います」「この後、認定調査で介護度が出ますので、
私はさっき要介護2か3と予想しましたけど、わかりません。
その結果で介護保険を使っていくプランを作成させて頂くのが私の役目になります」
と言って、名刺をくれた。

私が母にすることは介護だとは思っていなかった
介護は外部の人に頼んでやってもらうことであって、我々家族がやっているのは単なる「親の面倒」だった。

ケアマネージャーさんは「病人」とは決して言わず、「利用者様」という言い方をした。
「介護保険の利用者」という側面で言って、「病人」とは言わないことになっているのだな、と知った。
しかし介護保険で利用できる「サービス」という単語には少し違和感を覚えた。
レジャーじゃないんだから「サービス」以外の単語はないのだろうか?
業界用語にいちいち文句を言っても仕方がないけれども。

とにかく「要介護度」が認定されてからだ、ということを知った。
その「要介護度認定調査日」の調整にはもう少しで連絡があるだろう、
その時は家族も立ち会える、立ち会ったほうがいい、ということだった。
こんな状態の母に面談されても、
「あたしはどこも悪くない」だけのオンパレードになるだろうから、
当然、立ち会うしかなかった。

(手尾広遠)


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