認知症

認知症-37 日記-2 2018/7/6-2 えっ、どういうこと?


★事実を正確に伝える為には本来ならば総てあからさまに書きたいところであるが、お世話になった介護関係者の方々や近隣の方々の個人情報の問題もあるので固有名詞は架空のものにせざるを得ない箇所があることを最初にお断りしておきます。


1. 京都に着いた

 京都駅に着いた。
予報通りの雨だ。
まだ到着時は災害が多発するような気配は感じなかった。
タクシーの運転手さんも「よく降りますなぁ」という程度の反応だった。


 タクシーに乗車し納骨しているお寺さんに到着。
毎年のことだから数珠、供養のものは母のキャリーバッグの中にちゃんと準備されていた。
 読経をして貰い、一通りのことを済ませた後、帰りのタクシーを呼ぶ。
「この雨なんで時間かかりまっせ」
 毎年通っていて初めて聞く言葉だった。
いつもの倍以上の時間待たされタクシーが到着。
天気のせいもあってだろう、車の進みがいつもより遅い。
 河原町のホテルにアーリー・チェックインしようと向かうが、遅々として亀の歩み。

2. タクシーの中で警戒警報

 高台の墓地からようやく市街地に降りてきた頃だったろうか。
 私、妻、弟、タクシーの運転手さんの携帯に一斉に災害警報がチャイムを鳴らした。母親のらくらくフォンも鳴った。
 私たちは最初なんのチャイムか分からず、しかし全員の携帯が一斉になるなんて何があった?とそれぞれが自分の携帯を開く。
 京都府内の各地に豪雨、河川の氾濫、土砂災害警報が発令され、携帯に着信していたのだ。
 「えっ!?」タクシーの窓をしつこく叩く豪雨が市街地ではそこまでのものとは分からないものの、いろいろな場所で河川氾濫、土砂災害を引き起こすというのだ。
 ただの大雨、豪雨じゃないんだ。

 ちょうど鴨川の東、つまり鴨川を右手に見ながら南下する通りに入った。
ギョッとするような光景だった。
鴨川の水が大暴れしている、トビウオかイルカがジャンプして出来るような水の山が何十箇所にも現れては落ちる。
水嵩が見たことがないくらい高い!
このまま降り続けば水位が道路に届くんじゃないかという手前くらいまで上がっていた!
 家族、母親にも窓の外の鴨川を見てみろ、と示す。


驚きをあたり前のように示す家族の中で母親の反応は鈍い。
 そんなに驚いていない。
あれ?分かってんの?
その間も相変わらずタクシーの進みは遅い、
大袈裟じゃなく20回以上の緊急アラートが間断なく携帯を鳴らし続けた。
 一件着信を聞いて画面を読み終え閉じた途端にまた着信する。そんな感じだった。
警報アラートの乱打。数えていないがこの日1日だけで50回くらいは鳴ったというのが肌感覚だ。

 母親は後部座席長男と嫁に挟まれた席で穏やかな表情のままで言った。
なんだかさっきから音楽が鳴ってるわね
 え!?音楽って。
「これだよ」
 私が警戒警報を伝える文面を表示して母親に見せる。
「あら、そうなの」
 緊急性さえも母親の表情を変えることができないみたいだった。
つまり理解させられず感情を揺らすことが出来ていないのだと思った。
・・・・


「ほら、だからさ、見てみ」
窓を叩く雨の強さ、
歩道で傘も満足にさせない観光客達の困惑さ、
水位が上昇して見たこともない色を見せる鴨川
 改めて母親が見えるように雨が吹き込むことも構わずに窓を開ける。
「あらあら」
 言葉は少し上昇しても事態の異常さと母親の表情は比例していなかった。
鴨川を見下ろす三条大橋には人々が立ち止まっていた。それはいつもと違う緊張感や恐れを見る表情だった。
 母親を見る。相変わらず表情に緊迫感が浮かんでいない。
鴨川のほとりの各飲食店の売りものである川床はシートや雨戸が覆われ、ただただこの豪雨に耐えていた。

 こうして一年前を振り返りながら書いているとこの時、相当「認知機能」の衰えを示しているじゃないか、と自分を責める声は静まらない。
 しかし毎月のように会って食事していたから、多少の変化はそもそも最初から加齢、老化が進行した、と決めつけていて「認知症」という病名を結びつけて考えたことが一度もなかった。

3. お寺めぐり

 やっと到着したホテルにアーリーチェックインし、荷物を預ける。
またタクシーに乗り、昼食とお寺さん巡りへ。
我々だけならこんなにタクシーを奮発することはないけれど、ここ3年くらいからだろうか、母の歩行速度が明らかに遅くなっていた。
しかもすぐ疲れるようになった。
 87歳、来月(2018年8月)には88歳になるのだから当然のことだ。
家族揃っての年に一度の墓参りと一泊の間の観光には普段は滅多に乗ることがないタクシーを使うことにした。
 この頃は市バスも異常な混雑で母には辛いだけだ。
バスを待っている間の立ちっぱなしさえ辛い。
加齢というのは体力を嫌が応にも奪うのだ、と実の母の衰えで実感する。


 しかもご存知、夏の京都は暑い!
せっかくの墓参りで母に倒れられたら、また帰京してから寝込まれても厄介だ。
 もう20年も京都へ通っていれば、宿泊のホテル、墓参りを終えた後の巡るお寺さん、昼食、夕食、翌朝食の店をすべて事前に決めておくようになっていた。
 7、8年前までは2泊3日で来ていた。
せっかく新幹線に乗って年に一回のことだから、と。
 親の体力を見て一泊にしてからも、初日のお寺さん巡りは2〜3軒廻っていた。それがここ3年は初日に一軒、ホテルに戻って休憩、夕食。というパターンに縮小していた。

 それでも準備の手間は結構ある。
・毎年同じホテルに宿泊するより時には違うホテルを楽しむのもいい
・ホテルからアクセスが便利な食事の店を予約する
・初日の夕食はたいてい鴨川沿いの川床
・食事と食事の間の過ごし方をどうするか
・土産物をどこの店で買うか?
・初日と二日目をどう組合せるか?
 母に希望を聞いても「あんた達に任せるわ」と家族一緒にいられればそれ以上何も望まない、古き良き時代の感覚の持ち主だから、有難くもすべてのお膳立ては我々の任務となる。
 プチ・ツァコンの気分だ。

この日は評判のいいお蕎麦やさんで昼食を摂り、4〜500m先の至近距離のお寺さんに行く。
そういう予定だった。
 お蕎麦やさんで美味しく頂いた後、降り止まない雨ではあったが、店を出たら目と鼻の先に見えているお寺さんまではさすがにタクシーというわけにもいかない。


「ゆっくりでいいからね」
元々は早足だった母に声かけながら、我々もずいぶんと遅くなった母の歩調に合わせる。
 信号を渡って、真っ直ぐ歩けば山門だ。


「疲れたら、いつでも疲れた、って言ってよ。中でお茶屋さんかどこかで休むから」
 母はこっちから疲れている様に見えても、自分から「疲れたからお茶でも飲もう」とは言い出さない性格だ。
 後から聞くと「疲れた」と言う。
だったら、そう思った時点で言ってよ。
 それがいつものパターンだった。


強い雨が落ち続ける山門に到着した時にまた聞いた。
「疲れたら、言うんだよ」
「疲れた」
はぁ?言ってよとは言ったけれど、それは未来形のつもりだった。
・ホテルからタクシーに乗って蕎麦屋に来て、
・蕎麦屋で着席してゆっくりと小一時間かけて食事をし、
・500m弱歩いただけなのに

確かに雨が激しいけれど・・・
「え?いま?もう疲れたの?」
「うん。あたしはどこかで休んでるからあんた達だけで行ってきて」
休む、って。


 京都の大きなお寺さんは山門から参道、最初のお茶屋さん、休憩所だって結構な距離がある。
「え?本当に休みたい?」
「うん」
冗談じゃないみたいだ。
「サンダルだったからお寺さんの砂利道とか歩きづらくて余計に疲れたのかしらね」妻の感想に、だから言わんこっちゃない、と母を見てもニコニコして足をさすっているだけだ。
 年寄りじゃなければ、励ましてもう少し、せめて1箇所くらいお参りしてから、と言うだろうけれど、無理はさせられない。
 とても体力が落ちている。歩き方も不安定だ。
兎にも角にも休憩所に直行したのだった。

4. 夕食のビルから見下ろす

 結果論だが、お寺さんは異常な悪天候の中、さすがにガラガラだった。
母を休憩所に待たせ、我々も中を巡ってもいまひとつ盛り上がらなかった。
「ホテルに戻ろう」


例年と違う異例の天候、異例の母の疲れには無理くり予定をこなす必要はない。
 幸いなことに予約したホテルには大きな温泉が設けられている。
夕食の後にゆっくりと浸かる予定だったけれど何度入っても構わない。
入浴し、仮眠をとった。
 ホテルの部屋で見たテレビでは岡山、広島など西の方面での被害が尋常じゃない有様が映し出されていた。
 これは単なる豪雨じゃなくて「災害」だ。

 例年は観光客丸出しだけれど、川床沿いの店を予約する。
この天気で川床沿いのお店は川床部分を100%の閉じていた
早い時間に予約をキャンセルし、以前から行きたかった鴨川を見下ろせる高いビルの店で予約が取れた。
 母は食べることが好きだ。


新幹線の中で駅弁、昼食の蕎麦屋、と食べてばかりいるが、入浴、仮眠を終え夕食となれば心なしか母の気力体力が回復していた。
 供される小皿をいちいち「美味しい、美味しい」と喜んでいる。
墓参りを済ませ、美味しいと感じる食事を一緒に出来れば家族としては寺巡りに行けなかったことなど問題にならなかった。


 食事がひと段落し、デザートを待つ時間、鴨川がよく見える窓の前に立った。すげぇ。
 昼過ぎに横から見た鴨川の水位がさらに高まった様に見える。
本当に水が地面にまで上がってきやしないか、そう恐れるほどだった。
三条大橋では歩行者がみんな立ち止まって鴨川を見下ろしていた。
日本人のみならず外国からの観光客も多い。
みんな写メっていたけれど、それは笑みを伴ってのインスタ映えを期してのものじゃなくて、率直な驚きをカメラで撮っておこうというものだっただろう。
さすがにこの時だけは。


 私、妻、弟が「ゲェ」「すごい」と口々に予想以上の光景に驚いていると母も席を立って見にきた。
「あらぁ」
 言葉にすれば母もさすがに記録的な災害規模の豪雨への感嘆に読めるだろうが、その表情は相変わらず、事態の凄まじさに比べたら穏やかな言い方に過ぎなかった。
 俺たちは圧倒的な光景を見下ろしたまま暫し言葉を失い、目を離せなかったけれど、母はとっとと席に戻ってしまった。
 美味しそうに紅茶を飲んでいる。

5. 夜、ホテルで

 食事を終え、「要らない」と言い張る母に無理やり長靴を買った。
母は足が小さいのでなかなか合うのが見つからず数軒の靴屋を梯子する羽目になった。
 通常の雨だってサンダルじゃ辛いはずなのに、明日も降り続くだろう豪雨を考えたら長靴を履いてもらわないと我々も気になって仕方がない。

 夜は母親を先にホテルの部屋に入れ息子達で外のバーに一杯飲みに行く。
これまでも行ってきたパターン。
母親は機嫌よく「行ってらっしゃい」と送り出し、我々が部屋に戻った頃には大イビキをかいて寝ているのが常だった。

 ところがこの時はまだ母親が起きていた。
そんなことは今まで一度もなかった。
私と妻で一部屋。母と弟が一緒の部屋だ。
同室の弟に向かって
「出かけるなら出かけるって言っておいてよ」とキレ気味に言う。
いやいや、出かける。いってらっしゃい、って言ったよな。
弟と顔を見合わせる。


キレながらも、母親はスーツケースや肩がけのバッグをずっと探している。
何してるの?なんか無いの?
「家の鍵を無くしたみたい」
はぁ?
「鍵って、東京の?」
「うん」
この瞬間、我々の憂鬱は豪雨で明日の予定をどうしようかということから実家の鍵が見つからないことに移った。
 京都に来てから?
「わからない」
 どこに入れてたの?
「ここに入れたはずなのよ」
京都に来てから失くしたのか?
東京の実家から品川駅までは電車の乗り換えが一回ある。
新幹線の中でだって、タクシーの中でだって、今日行った墓参りのお寺さん、蕎麦屋さん、休憩したお寺さん、夕食の店、靴屋、どれだけの距離、どれだけの失くしポイントを通過してきたことか?
 探しようがないじゃないか。
それから何時間、探しあったか覚えてないくらい皆んなで探した。
 それでも所詮ホテルに持ち込んだキャリーバッグほかのバッグと弟のバッグ、ホテルの部屋の中くらいしか最早探し場所はなかった。
 鍵は失くさないように長いひもをつけていつもはバッグにくくりつけていた。
鍵は見つからなかった。


  ★「認知症関連NEWS」ほぼ毎日更新中
★  認知症介護ご家族向けマニュアル書籍版  2019/8/21発売
母が認知症、家族はボロボロ: ~親が認知症を発症したら家族に襲いかかる100のこと~(書籍版)

★ 認知症介護ご家族向けマニュアルKindle版 発売中

母が認知症、家族はボロボロ: 〜親が認知症を発症したら家族に襲いかかる100のこと〜 [Kindle版]
お陰様で「Kindleストア食品・衛生・福祉の資格・検定部門で1位!」
100項目の一部をご紹介、
・家族ができる介護
・要介護度判定で気をつけること
・認知症が治ると宣言するお医者さん
・介護用品
・介護施設の種類、選ぶポイント、気をつけること
・入所までの手続き
・これからの介護で考えること〜〜
書籍版
Kindle版
著作:手尾広遠、表紙:大山あさこ、発売:ドルフィン・パブリッシャー

error: Content is protected !!