日記,  認知症

認知症-38 日記-3 2018/7/7鍵を紛失しても・・


★事実を正確に伝える為には本来ならば総てあからさまに書きたいところであるが、お世話になった介護関係者の方々や近隣の方々の個人情報の問題もあるので固有名詞は架空のものにせざるを得ない箇所があることを最初にお断りしておきます。


1. 鍵を失くした翌朝

 ホテルの朝食バイキング。
弟に「あれから鍵は見つかったか?」と聞く。
首を横に振り、「ずっと探していたみたいだけど」
母は難聴なので3人が普通の声で話していてもたいていは聞こえない。
 けっこう高額な補聴器を付けさせていても、あまり効果なし。
でもそれが都合がいい場合もある、悲しいことに。


 母の前にはご飯にパンに味噌汁にソーセージや卵焼きと和洋折衷の小皿が並び、機嫌よく食べている。
 家の鍵がなかったら不安で仕方ないはずなのに


 この前年、補聴器を「庭掃除していて(とは本人証言だから本当のところはいまだ不明)」紛失していた。
 また年明け早々、銀行の通帳とカードを紛失していた。
今なら紛失ものの続発から認知症を疑うことが出来るかもしれないけれど、何度も書くがこの時、まだ「認知症」という単語が頭をよぎることすらなかった。
 加齢、老化
人は歳を重ね、自然に身体機能は衰える。
それだけだと思っていた。


「鍵見つからないの?」
母に向かって言う。
「えっ?」
自分に何か言われたことはわかるみたいだ。
それでも必ずと言っていいほど、聞き返す。
言葉の途中から耳に入っていくんだろうか?
「鍵、見つからないの?」
少し大きな声で母に繰り返して言う。ゆっくりと。
「うん」
少し顔が曇る。
でも言葉は続かず、箸は止まらない。
どうするつもりなのか。

「Sさん(嫁の名前)は今日も仕事なの?大変ね」
は?何言い出すのか?
一泊で来てんですけど。
ここ京都ですけど。
 3人は唖然。
「いえ、今日はお休みを取ってきました」
「あら、そうなの」
妻の仕事先は当然、東京だ。
昨日から一緒に京都に来ていて、どうやって仕事に行くと言うのか?

2. タクシーの車中

 雨は相変わらず降り続いているものの、勢いは昨日より弱まっていた。
豪雨が降ろうが、母が鍵を失くそうが、予約した新幹線の時間を変えるわけにも行かない。
母の日傘兼用の弱っちい傘は昨日の雨で随分ヨレヨレだ。
 ホテルをチェックアウトした時、ご好意でビニール傘を一本もらった。
 母は一晩寝て、しかも鍵を紛失したのに元気一杯だ。


とりあえず、また途中で休憩するかもしれないにしても予定していたお寺さんへ行くことにする。
 チェックアウトしてしまったから荷物を持ったままとはいかない。
京都駅のロッカーに荷物を預ける。
 タクシーの車中、昨晩夕食を食べたレストランが窓外に高く見えた。
「ねぇ、あそこ知ってる?」
私の指差す方へ身を乗り出し、窓の外を見上げる母。
「えっと、昨日行った」
 難問のクイズに答えるみたいに自信なさげに答えた。
なんだ、覚えてるじゃん。
「じゃあさ、昨日の朝食は何食べた?」
「昨日の朝?えっとパンにジャム塗って食べたような」
昨晩の食事は覚えていて、朝飯は無理か?
「何言ってんの、新幹線で駅弁食ったでしょうが」
この時の返事が
「あら、そうなの」なのか「あら、そうだったわね」のどちらだったか、
今となっては思い出せない。
「あら、そうだったわね」なら単なる物忘れ、
「あら、そうなの」なら認知症を疑う、
今ならなんとなくそう分かる。
しかし認知症を疑ってしない我々は、タクシーの中で
「昨日行ったお蕎麦やさんの名前は?」
「お寺さんの名前は?」
など母の記憶を気軽にクイズにして「覚えていた」「覚えていない」と楽しんでいた始末だ。

 京都駅が近づいてきた。
母を見ると、身体中を掻き毟っている
腕、上着の下から腰、ズボンをたくし上げて脛、そしてなんとズボンの間から手を差し込んで股の辺りを。
おいおい。
「どうしたの、痒いの?」
「もうずっと痒いのよ」
「塗り薬とか持ってないの?」
「持ってない」
「アレルギーですか?」妻が聞く。
「あたし、アレルギーはないのよ」
言いながら、ずっと股の間を掻き続けている。

 うちの母は高貴な産まれでもなんでもないが、とはいえ人前(タクシーの運転手さんがミラー越しに見える)や家族の前でさえ、はしたないことを平気でするタイプではない。
「恥」に関しては人一倍気にする昔堅気の人間だ。


 それなのにそれなのに、タクシーの中とはいえ一緒にいるのが家族とはいえ、足や腕ならまだしも股の間を掻き毟り続ける光景は異様だった。
「ちょっと、やめなよ。みっともないよ」
「そんなこと言ったって、痒いものは痒いんだから
 これまで特に母がアレルギーを持っているとは思っていなかったが、アレルギーはある年齢から急に発症することがある。
 アレルギーかどうかさえもわからないけれど、全身隈無く掻かずにいられないほどの痒みを伴うのはアレルギーが考えられる。
 アレルギーと認知症の相関関係は知らないけれど、
この時の「今までならいくら痒くても人前で恥ずかしい行為をする筈がなかった母が恥も捨てて人前ではさすがにやらないだろう行為をして開き直っていた」ことが忘れられない。

3. お寺さんで杖を

 昨日よりも雨が小降りになったことと、一晩寝た後だからだろうか、母の調子は良さそうだった。痒み以外は。
 昨日みたいに、お寺さんに到着して「疲れた?」と聞いても、
「大丈夫」と昨日とは答えが違う。

 雨はそうとう小降りになっていたがまだパラパラ降って止むことはなかった。
数年前、母と一緒の京都、やはり雨の日だった。
 母が長い石の階段を上がっている時に手摺を掴んだつもりがグリップが弱かったのか、雨で手摺が濡れていたからか、母が握った手摺から掌が抜けて母は頭から転んだ。
 出血したものの大したことはなかったのだけれど、その時よりも握力、脚力が衰えていることは間違いない。


 ホテルからもらった傘を閉じたまま母に握らせた。
「なに、傘なら持っているわよ」
弱々しい雨天兼用の傘。
 今日の雨なら、それでもまあ軽い分いいでしょう。
「違うよ、傘を閉じたまま、杖代わりにしたら歩きやすいんじゃない
 何年か前までは自分が年齢に不釣り合いに歩行速度が速く、脚力には自信があるのが口癖だった。
 ここ何年か歩行速度が遅くなり、よろけることも何度か見ているから、家にある亡き祖父の杖を使いなよ、と再三言ってきたが、
「要らない」「大丈夫」と拒絶され続けていた。
 しかしまた数年前みたいに大勢の観光客の中ですっ転ばれても困る。
雨でスリッピーになっているんだから


「傘を杖にしなよ」と再度言ったら、いつも拒絶しているけれど、今日は特例で
「あら、そう」
そう言って、一、二歩傘を地面につき身体の重心をかけ安定させ、反動で前に進む、という感じで歩き出した。
「そうそう」
「うまいじゃないですか」
「楽でしょ」
「そう?」


 少しして、母を見ると傘の先が地面から離れ宙に浮いている。あれ?
「だから、ずっと杖代わりにしなよ」
「え?」
言われて初めて気づいたように、一、二歩傘を地面につき歩き始める。
「そうそう」
「ずっとそうやって」
 見ると、また傘の先が地面から離れ宙に浮いている。
結局、お寺さんの参道から門までの300mくらいだろうか、10回以上
「つきなよ」と促す羽目になった。
一、二歩傘をについたら、
すぐにやめてしまう。
 ついている時の方が安定して歩けているのが傍目で見ていてもわかるくらいだから自分が一番感じると思うのだが、結局ずっと杖代わりに着くことができなかった。

 後に、アルツハイマーと診断されケアマネージャーさんから言われたことがあった。
「歩行が不安定な方には杖をお勧めしたいんですけど、杖も早く使い始めないとちゃんと使えないんですよ
 え?杖をつけないなんてことが・・・
そう言えば、とこの京都の光景を思い出した。
 傘の代用とはいえ、ついて体重を乗せたら歩行は安定する。
つき方なんて、誰にも教わらなくても自然と出来るでしょ、と思うのは健康な証拠なんだそうだ。
「認知症や高齢者の方が晩年、杖を使おうと思っても自分の思ったようにうまくつけずに返って危ない」ことがあるということだった。

 親の為と思って、認知症なんて知らないから、薦めた傘を杖の代用にすることもあまり「やれやれ」と強制していたらむしろもっと危険なことになっていた可能性があったのかもしれないと思うとゾッとする。

(続きます)


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